武道 岳南塾 と 望月 稔 養正館の歴史

岳南塾・養正館の沿革

岳南塾の歴史

岳南塾 誕生

平成18年6月30日、望月 稔先生の創設された 「養正館」 は、先生没後(平成16年5月30日)、諸般の事情で売りに出された。
IMG_0618.JPG望月 稔先生

不動産屋より期限を切って道場が使用不可能になることを突然聞かされた少年柔道出身の門人を中心とする中学生、高校生、大学生が 「望月 稔先生の道場で稽古をしたい」 との熱い思いに、望月 稔先生を慕って入門した佐藤 充宏氏は道場で柔道を指導する傍ら門人の願いに心を動かされ、道場経営を実現するために全財産を果たいて男気を発揮した。
IMG_0579.JPG岳南塾道場

佐藤 充宏氏が継承することを道場経営に携わっていた望月 鉄馬氏、フランスで養正館宗家の望月 拡雄師範も大変喜んでくれた。
SANY0028.JPG養正館武道の皆さん


岳南塾・養正館の建設

岳南塾は、望月 稔先生(2005年5月没)が静岡市の西を流れる安倍川の西岸に位置する向敷地の地に、安倍川越しに北に富岳を仰ぐ地に、青少年の健全育成と武道の継承を目的にその実現を目指して、静岡市の商工会議所の支援を受けて1階に道場、2階に宿泊施設を設けて2階建て100畳敷きの道場を昭和38年(1963)9月に建設された。
IMG_0595.JPG養正館道場開館記念 昭和6年

望月 稔先生は講道館の嘉納 治五郎先生の直弟子として柔道の修行に励む傍ら、嘉納先生の指示により古武道の修行・研究・研修を通して講道館の古武道研究会にその成果を古武道研修の中心となって嘉納 治五郎先生に報告してきた。
植芝 盛平先生の合気道、香取神道流の居合、組太刀、剣道等々を修行され多くの免許皆伝の允可を受けた。
また望月先生は、戦後フランスを中心にヨーロッパに柔道講師として日本大学より派遣され、柔道、合気道を中心に武道を普及してヨーロッパ各国から高い評価を受け、昭和35年にはパリ市長銀杯を受賞するなどその功績を讃えられた。
IMG_0585.JPG英国エジンバラ市長(女性)

門人もヨーロッパ諸国にとどまらず、アメリカ、カナダ、オーストラリア、ベトナムなどにも指導のために足を伸ばしている。
ヨーロッパ各国からの要請で門人を多数派遣、また日本への受け入れにも積極的に取り組み日本武道の普及発展に努められた。

養正館の歴史

望月先生は町道場を戦前には静岡市の人宿町に、戦後は大工町に、さらに念願の100畳敷きの道場を静岡市の西、向敷地の地に建て多くの青少年の育成に努められた。
IMG_0597.JPG養正館道場開館記念 昭和6年

岳南塾では創建当時は屋形町の接骨院経営の傍ら、ドイツ製のオートバイを走らせて道場へと通った。
当時、全学連全盛のころであり、青少年の育成を使命として稽古が終わると若い門人達と車座になって夜の更けるのを忘れて話し、内容も武道はもちろん時事問題から政治、宗教、歴史、文化と多岐にわたり面白おかしく楽しそうに話され、特に武道や中国大陸での体験談では多少の脚色等もあり時を忘れて先生の話に聞き入り、午前零時を回ることも度々であった。
そのような岳南塾の雰囲気と青少年育成の理念をこれからも守っていきたい。


IMG_0688.JPG岳南塾 ご神木